社会を守る技術だからこそ、目的と手段を問い続ける

社会と技術

「研究するか、しないか」だけでは答えが出ない

新しい通信技術、AI、ロボット、量子技術、バイオ技術などは、私たちの暮らしを支える一方で、安全保障にも利用される可能性があります。

例えば、災害現場で人を探すドローンは、偵察にも使えます。医療画像を解析するAIは、人命救助に役立つ一方、人を識別・追跡する技術へ応用されるかもしれません。

このように、民生と安全保障の両方に利用できる性質は「デュアルユース」と呼ばれます。

デュアルユース研究を考えるとき、議論はしばしば二つに分かれます。

一つは、「軍事につながる可能性がある研究からは距離を置くべきだ」という考えです。もう一つは、「国の安全を守るための政策なのだから、研究者は協力すべきだ」という考えです。

しかし、技術者倫理が求めているのは、この二つのどちらかを無条件に選ぶことではありません。

社会を守るという目的が正当であるかを確認するとともに、そのために用いる技術や制度、研究方法、成果の使い方まで検証することです。

確認できている政策の方向性

2026年7月14日に閣議決定された「統合イノベーション戦略2026」では、基礎段階を含むデュアルユース技術の研究開発を進め、大学や国立研究開発法人などに「セキュアな防衛研究基盤」を整備する方針が示されました。

一方、現在の防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度では、研究成果の公表を制限しないこと、研究成果を秘密に指定しないこと、防衛省職員が研究内容に介入しないことが公式に示されています。

つまり、安全保障に関係する研究であっても、公開性や研究者の自律性を保つ制度設計は可能です。

ただし、今後整備される新しい研究基盤が、どの範囲まで既存制度と同じ原則を維持するのかは、これから具体化される公募条件、契約、審査制度などを確認する必要があります。

技術者倫理は「合法だからよい」で終わらない

日本技術士会の倫理綱領は、技術士に対し、公衆の安全、健康、福利を最優先するよう求めています。

さらに、業務によって公衆の安全などが損なわれる可能性がある場合には、リスクを評価し、妥当性を客観的に検証し、必要であれば代替案を提案することも定めています。

ここで重要なのは、法令や契約を守るだけでは、専門職としての責任が完了しないことです。

「国の方針だから」「正式な予算が付いているから」「上司が承認したから」という説明だけで、予見できる害への責任がなくなるわけではありません。

反対に、安全保障に関係しているという理由だけで、研究内容や利用条件を検討せずに遠ざけることも、社会を守るために必要な技術の可能性を閉ざしてしまいます。

問うべきなのは、研究の名前ではありません。

誰のための研究なのか。何を守ろうとしているのか。どのような能力を生み出すのか。誰が利用するのか。誤用された場合に誰が影響を受けるのか。より害の少ない方法はないのか。

こうした問いを、研究の入口だけでなく、開発、実証、移管、実際の運用まで繰り返す必要があります。

技術者が異議を述べられる制度が必要

日本学術会議は2017年の声明で、軍事的安全保障研究と学問の自由との緊張関係を指摘し、研究の自主性・自律性・公開性を確保するとともに、目的、方法、応用の妥当性を技術的・倫理的に審査する制度を研究機関に求めました。

研究者に「自由に判断してください」と伝えるだけでは、十分ではありません。

研究資金、設備、雇用、学位、指導教員との関係が参加の判断に結び付いていれば、形式上は自由でも、実際には断りにくい状況が生まれます。

そのため、研究者や学生には、次の権利を制度として保障する必要があります。

参加前に、研究目的、資金源、想定用途、公開制限、成果の移管先を知ること。倫理的な理由から参加を断っても、学位、雇用、評価、設備利用で不利益を受けないこと。研究の能力や用途が変化した場合には、途中で異議を申し立て、撤退できることです。

異議を述べる人は、研究を妨げる存在ではありません。見落とされた危険を早期に発見し、研究への社会的信頼を支える存在でもあります。

今後必要となる五つのアクション

1.研究の目的と禁止用途を最初に明らかにする

「安全保障に役立つ」という広い説明だけでなく、どのような脅威や公共課題に対応するのかを具体的に示します。

同時に、無差別な危害、過剰な監視、人権侵害など、認められない用途も事前に定める必要があります。

2.研究から実装まで段階ごとに審査する

研究開始時に一度承認するだけでは十分ではありません。

技術の性能が向上したとき、別の技術と組み合わされたとき、利用者や移管先が変わったときには、リスクも変化します。

研究提案、能力実証、成果移管、実運用という節目ごとに、技術、安全、人権、法律の観点から再審査する仕組みが必要です。

3.審査を研究推進部門から独立させる

予算の執行や成果達成を担う組織だけで倫理審査を行うと、「研究を進めたい」という目的が判断に影響する可能性があります。

外部の技術者、法律家、人権・プライバシーの専門家、研究者、影響を受ける人々などを含む独立した審査体制が求められます。

4.研究セキュリティと人権を両立させる

重要技術の流出を防ぐ研究セキュリティは必要です。しかし、国籍や出身だけで人を判断すると、差別や研究者の離脱につながります。

EUの研究セキュリティ勧告も、学問の自由を尊重しながら、国籍に依存しないリスク評価を行い、差別や偏見を避けるよう求めています。

人を一律に排除するのではなく、扱うデータ、設備、操作権限、持ち出し経路を必要最小限に制御する設計が大切です。

5.記録、説明、停止、救済の仕組みを残す

事故や用途逸脱が起きたとき、「誰が、いつ、何を知り、どの根拠で承認したのか」を確認できなければ、原因究明も再発防止も困難になります。

判断の記録、試験結果、反対意見、残されたリスク、承認者、成果の移管先を保存しなければなりません。

問題が見つかった場合には、利用停止、成果の回収、外部調査、被害を受けた人への説明や補償まで行える仕組みが必要です。

技術者は社会と技術の間に立つ

安全保障研究では、すべての情報を公開できない場合があります。しかし、機密であることと、説明責任がないことは同じではありません。

研究内容を公開できなくても、どのような基準で審査したのか、誰が責任を負うのか、異議申立ての窓口があるのか、制度が適切に機能しているかを社会に説明することはできます。

技術者倫理が求めているのは、安全保障研究から距離を置くことだけでも、国策に従うことだけでもありません。

社会を守る目的と、その目的のために用いる手段の双方を検証すること。予見可能な害を減らすこと。疑問や異議を述べられる制度をつくること。そして、技術が生み出した結果について説明責任を負うことです。

技術の力が大きくなるほど、技術者には「実現できるか」だけでなく、「何のために実現するのか」「どの条件なら社会に受け入れられるのか」を問い続ける役割があります。

安全保障と研究の自由を単純な二者択一にするのではなく、両方を守るための制度を丁寧につくること。それが、これからの技術者倫理に求められる実践ではないでしょうか。