音楽家のDXは“技術”ではなく“姿勢”の変革

社会と技術

──求められるのは、創作の哲学と倫理のアップデート──

■ YOSHIKI氏が示した「存在意義の危機」

日本経済新聞(2026年1月17日)に掲載されたインタビューで、音楽家YOSHIKI氏は、生成AIが急速に音楽領域へ浸透する現状に対して強い危機感を示していました。 AIがチャートを席巻し、人間の作品と区別がつかなくなる中で、 「このままではアーティストが消える」 という問題提起が語られています。

記事では、AIが音楽制作・演奏・流通のあらゆる領域に入り込み、アーティストの存在意義や創作の動機が揺らぐ状況が描かれていました。 詳細は記事をご参照いただくとして、本稿ではこの問題提起を受け、音楽家に求められるDXとは何かを考えていきます。

■ 音楽家のDXは“技術”ではなく“姿勢”の変革

AIが音楽制作の多くを担えるようになった今、音楽家が直面しているのは「ツールの使い方」ではありません。 本質的に問われているのは、 音楽家としてどのような姿勢で創作に向き合うのか という問題です。

AIは高速で作曲し、膨大なバリエーションを提示し、時に人間以上の精度で演奏します。 しかし、AIがどれほど進化しても、音楽家の存在が不要になるわけではありません。 むしろ、音楽家の“姿勢”がこれまで以上に問われる時代になったと感じています。

1. AIを“代替”ではなく“拡張”として受け入れる姿勢

AIを脅威として拒むのではなく、 自分の創造性を拡張する道具として使いこなす姿勢が必要です。

  • 作曲の試行錯誤を高速化する/編曲の可能性を広げる/練習や分析を効率化する/ファンとの接点を増やす

AIを使うかどうかではなく、 どう使いこなすかが音楽家の価値を左右します。

2. “物語”と“人生”を作品に刻む姿勢

YOSIKI氏の指摘の通りAIが模倣できないものがあります。 それは、音楽家自身の人生、価値観、痛み、喜びといった“物語”です。

AIが量を作る時代、人間が提供できる価値は、 「その人にしか語れない物語」 にあります。

  • 何を表現したいのか/どんな人生経験を音に刻むのか/どんな価値観を届けたいのか

音楽家は、自分の物語を作品に宿すことで、AI生成物との差異化を生み出せます。

3. 透明性とリスペクトを持ってAIを使う姿勢

AIを使うこと自体は問題ではありません。 しかし、

  • どのツールを使ったのか/どこまでAIが関与したのか/参考にした作品への敬意

こうした透明性とリスペクトは、AI時代の音楽家にとって重要な倫理です。

AIを使った創作を隠す必要はありません。 むしろ、堂々と透明性を示すことで、音楽家としての信頼が高まります。

4. 音楽文化の“エコシステム”の一員である自覚

AIが進むほど、音楽文化を支えるのは人間の行動になります。

  • 著作権を尊重する/他者の作品に敬意を払う/公正な還元の仕組みを支持する/コミュニティに貢献する

音楽家は、創作者であると同時に、文化の担い手でもあります。 AI時代の音楽文化は、音楽家の倫理的な行動によって支えられます。

5. “自分が作りたい音楽”を軸にする姿勢

AIが大量に音楽を作る時代、流行に寄せるだけでは埋もれてしまいます。 音楽家に求められるのは、 「自分の音楽とは何か」 という軸を持つことです。

  • 流行よりも自分の価値観/再生数よりも創作意志/最適化よりもオリジナリティ

AIが“量”を作る時代、人間は“意志”を持つことで輝きます。

■ 創作の哲学と倫理のアップデート

以上の考察を踏まえると、音楽家のDXとは次のように定義できます。

音楽家のDXとは、AIを使いこなしながら、 自分の創作哲学と倫理をアップデートすることです。

  • AIを拡張として使う/人生を作品に刻む/透明性を保つ/音楽文化を支える/自分の軸を持つ

これらはすべて、技術ではなく“姿勢”の問題です。

AIが音楽を大量に作る時代、 プロ、アマチュア問わず音楽家が問われるのは、 「どんなツールを使うか」ではなく「どんな姿勢で創作するか」 という点にあるのでしょう。

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