無駄で、偏っていて、限定的な人間の経験

社会と技術

今、私たちの目の前では、歴史上でも類を見ないほどの大きな変化が起きています。AIが絵を描き、音楽を作り、小説を書き、さらには映画まで作り出す。そんな「生成ベース」の時代がやってきました。

「もう人間が何かを作る必要なんてないんじゃないか?」「AIの方が効率的で、完璧なものを作れるのに、自分たちの活動に意味はあるのか?」そんな風に不安を感じているクリエーターの方も多いかもしれません。

しかし、断言します。これからの時代こそ、あなたの表現は輝きます。なぜなら、私たちが本当に心を動かされるものは、AIが持つ「完璧な正解」ではなく、人間が持つ「無駄で、偏っていて、限定的な経験」の中にあるからです。

なぜ私たちは「駅伝」に心打たれるのか

皆さんは駅伝大会を見て、思わず感動したことはありませんか?

冷静に考えれば、今の時代、誰よりも速く情報を届けたいならメールを送れば一瞬です。誰よりも速く移動したいなら、新幹線や飛行機があります。それなのに、なぜ私たちは、苦しそうに息を切らし、ただ「走る」という非効率な行為に、これほどまで感動するのでしょうか。

それは、そこに「代わりのきかない人間の熱量」が宿っているからです。

駅伝のランナーたちは、自分一人のために走っているのではありません。汗と泥にまみれた一本の「襷(たすき)」を次へと繋ぐために、文字通り命を削るような思いで走ります。その襷には、走れなかった仲間の想いや、これまでの厳しい練習の記憶、そして「次の走者のために」という純粋な願いが染み込んでいます。

この「効率」とは真逆にある、泥臭くて、限定的で、一人ひとりの物語が詰まったプロセス。私たちは、ランナーの姿を通して、その背景にある「人間らしさ」を読み取っているのです。

仕事から競技へ:意味の転換

かつて、情報を運ぶために走る人(飛脚)は、社会を支える「インフラ」でした。しかし、電話やインターネットが普及したことで、その役割は終わりました。

では、走る人の価値は消えたのでしょうか? 答えはノーです。むしろ、走ることは「競技」や「文化」へと進化し、より多くの人に感動を与える存在になりました。

これと同じことが、今、クリエイティブの世界で起きようとしています。

これまでのクリエーターは、どこか「情報を加工して届ける生産者」という役割を担っていました。しかし、情報の生成自体はAIという「新幹線」がやってくれるようになります。

これからのクリエーターに求められるのは、新幹線に対抗して速く走ることではありません。「あえて自分の足で走る姿を見せること」です。効率的にゴールに辿り着くことではなく、その道中で何を感じ、どんな傷を負い、どんな景色を見たのか。その「個人的な経験」こそが、AIには決して真似できない、最高級のコンテンツになるのです。

「生成ベース」の時代に、クリエーターが果たす役割

ジェンセン・ファン氏(米エヌビディア創業者兼CEO)が指摘するように、インターネットは誰かの作ったコンテンツを「検索」する時代からAIが「生成」したコンテンツが送り届けられる時代へと移り変わっています。見たい映画、聴きたい音楽が、あなたの好みに合わせて一瞬でAIによって生み出される世界です。

そうなった時、人々は逆に気付くでしょう。「これは面白いけれど、誰の体温も感じられないな」と。完璧なAIの作品に囲まれるからこそ、私たちは「人間が人間として表現した証拠」を強く求めるようになります。

これからのクリエーターは、単なる「生産者」ではなく、「存在証明者(エグジステンシャル・プロフェッサー)」になります。

「私はここにいて、こんな風に世界を見て、こんな風に苦しみ、そしてこれを作ったんだ」という、あなたの存在そのものを作品に込める役割です。

AIには「完璧な平均点」は出せますが、あなただけの「偏ったこだわり」や「無駄なこだわり」は出せません。その「偏り」こそが、人間が人間に共感するための、重要な接点(インターフェース)になるのです。

なぜ君は作るのか:そこにしか宿らない熱量

何かを作っている皆さん。改めて問いかけます。「なぜ、あなたは作るのでしょうか?」

便利さや効率、あるいは有名になることだけが目的なら、これからのAI時代は少し厳しいかもしれません。しかし、もしあなたが「この感情を形にしたい」「誰かとこの景色を分かち合いたい」という、内側から湧き出る熱量を持っているなら、あなたの時代はこれから始まります。

駅伝で襷を渡す瞬間、そこには言葉を超えた「認知」があります。前の走者がどれだけ苦しかったか、次の走者がどれだけ不安か。お互いの「限定的な経験」を認め合うからこそ、あの熱いドラマが生まれるのです。

表現も同じです。あなたが「無駄だ」と思うような試行錯誤や、他人には理解されない「偏った」こだわり。それら全てが、あなたの作品を受け取る誰かへの「襷」になります。読み手は、あなたの作品を通じて、あなたという人間がこの世界に確かに存在し、心を持って生きていることを確認するのです。

クリエーターを諦めないでください

「AIには敵わないから」という理由で、筆を置いたり、楽器をしまったりしないでください。

マラソン大会で、トップランナーではない市民ランナーが一生懸命走る姿に、私たちは励まされます。それは、彼らが「プロ」だからではなく、「同じ人間として挑戦している」という証拠を見せてくれているからです。人間が人間らしく、不器用でもいいから自分の足で走り続けること。その姿自体が、AI時代における最大の芸術になります。

AIはあなたの「道具」にはなりますが、あなたの「代わり」にはなれません。なぜなら、AIには「生きる」という限定された時間がなく、汗をかく体もなく、襷を渡すべき仲間もいないからです。

あなたの「無駄で、偏っていて、限定的な経験」を、誇りに思ってください。それは、デジタルがどんなに進化しても、決してコピーできない、あなただけの宝物です。あなたが人間として表現し続けること。それこそが、この新しい時代において最も美しく、最も価値のある「存在の証明」になるのです。

これからのクリエイティブは、一種の「人間賛歌」そのものになります。

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