AI推進を成功させるために必要な「社会側の準備」

総合監理

AIを進めるなら、社会の側も一緒に育てる

AIの社会実装は、これからの日本にとって大切なテーマです。

人手不足、行政サービスの維持、医療や介護、教育、地域交通、災害対応など、私たちの暮らしには解決したい課題がたくさんあります。AIをうまく使えば、仕事の負担を減らしたり、必要な情報に早くたどり着いたり、地域で不足している力を補ったりできる可能性があります。

だからこそ、私はAI導入そのものに反対ではありません。むしろ、社会課題を解くために、前向きに活用していくべきだと思います。

ただし、AIの社会実装を本当に成功させるには、技術を入れるだけでは足りません。AIを受け止める人間社会の側、つまり制度、教育、説明責任、相談窓口、現場の運用体制も、同じ重さで育てていく必要があります。

AIを「使える国」にするだけでなく、国民一人ひとりが「安心して、納得して、必要なときに助けを求めながら使える社会」にすることが重要です。

政府はAI社会実装を強く進めようとしている

内閣府は、人工知能基本計画の改定に向けて、「人工知能基本計画(素案)」への意見募集を行いました(令和8年6月19〜23日)。公開情報では、AIの技術進歩の速さに対応するため、次期計画に向けた検討を進め、国民の声を反映するために意見を募集すると説明されています。

また、素案では、自律行動型AI、バーティカルAI、フィジカルAI、AIトランスフォーメーション、責任あるアジャイル・ガバナンスなどの考え方が示されています。

自律行動型AIとは、単に質問に答えるAIではなく、目的に向けて計画し、実行し、結果を確認し、必要に応じて修正するAIのことです。これが行政や産業、研究、防災、教育などに広がれば、社会の仕組みそのものが変わっていきます。

この方向性自体は、時代の流れとして自然です。日本が人手不足や地域課題を抱える中で、AIを社会の力に変えていくことには大きな意味があります。

一方で、AIが社会のさまざまな場面に入り込むほど、「誰のためのAIなのか」「間違いがあったとき、誰が説明し、誰が直すのか」「国民が納得できるサービス品質になっているのか」という問いが重くなります。

AI推進と社会的受容は、車の両輪である

AI社会実装を考えるとき、国の競争力、経済成長、産業政策、安全保障といった視点は欠かせません。計算資源、人材育成、データ活用、企業支援も重要です。

ただ、それだけではAI社会は安定しません。

もう一つの軸として、「人間社会から見たAI活用戦略」が必要です。つまり、国民、住民、労働者、子ども、高齢者、障害のある人、行政サービスを受ける人、地域で暮らす人の視点です。

たとえば、行政窓口にAIエージェントが導入されたとします。手続きが早くなるのは歓迎すべきことです。しかし、AIの説明がわかりにくかったり、誤った案内をされたときに人へ相談できなかったり、なぜその判断になったのか確認できなかったりすると、利用者にとっては便利さより不安が大きくなります。

医療、教育、福祉、警察、防災など、人の権利や生活に深く関わる分野では、AIの性能だけでなく、説明、記録、再確認、異議申立て、救済の仕組みが大切になります。

AI社会実装の品質は、「どれだけ多く導入したか」だけでは測れません。

本当に見るべきなのは、次のような点です。

  • 利用者が内容を理解できるか
  • 判断の理由を説明できるか
  • 誤りがあったときに修正できるか
  • 人による確認を求められるか
  • 個人情報が適切に扱われているか
  • 高齢者やデジタルが苦手な人も取り残されないか
  • 現場職員に過度な負担が集中しないか

こうした視点を含めて、AIサービスの品質を設計することが大切です。

アジャイルは「まずやってみる」ではなく「学び続ける」仕組み

AIのように変化の速い技術では、最初から完璧な制度を作ることは難しい面があります。そのため、試しながら改善する「アジャイル」な考え方には意味があります。

アジャイルとは、小さく始め、結果を見て、改善を重ねる進め方です。ソフトウェア開発ではよく使われる考え方で、変化に強いという利点があります。

ただし、公共性の高いAI導入では、アジャイルを「まず始めて、問題が出たら後で考える」という意味にしてはいけません。

本来のアジャイルは、無計画に進めることではありません。むしろ、目的、責任、検証方法、改善の基準を明確にしたうえで、学びながら更新していく方法です。

特に行政や準公共分野では、次のような仕組みを最初から用意しておく必要があります。

まず、AIを使う業務の範囲を明確にすること。次に、AIが出した結果を人がどう確認するのかを決めること。そして、ログ、つまり判断や操作の記録を残し、後から検証できるようにすることです。

さらに、利用者が「おかしい」と感じたときに、人へ相談できる窓口や再確認の手続きも必要です。これがあって初めて、AI導入は社会から信頼されやすくなります。

基本計画に求めたいのは「国民へのサービス品質」という視点

AIの基本計画は、研究開発や産業競争力を伸ばすためだけのものではありません。国民生活に関わるAIサービスのあり方を方向づけるものでもあります。

その意味で、これからのAI政策には「AIをどれだけ入れるか」だけでなく、「国民一人ひとりにとって、どれだけ質の高いサービスになるか」という視点を入れてほしいと思います。

ここでいうサービス品質とは、単なる便利さではありません。

早い、安い、効率的という価値に加えて、わかりやすい、相談できる、納得できる、やり直せる、弱い立場の人にも配慮されている、という価値です。

たとえば、AIが行政手続きを案内するなら、専門用語をやさしく説明できることが大切です。AIが教育に使われるなら、子どもが考える力を失わないように、人間の先生や友人との対話を補う形で使う必要があります。AIが地域交通や福祉に使われるなら、データに表れにくい生活実感や地域の事情を、人間がきちんと汲み取ることが欠かせません。

AIは、社会を一方的に管理する仕組みではなく、人の生活を支える道具であるべきです。そのためには、人間中心の考え方を、理念だけでなく、運用ルールや評価指標に落とし込むことが必要です。

AIを推進するからこそ、人間社会の準備を厚くする

AI社会実装は、避けるべきものではなく、育てていくべきものです。

しかし、AIを社会の中に深く入れていくなら、同時に、人間社会の側の受容体制も整えていく必要があります。制度、教育、説明、相談、救済、現場支援、評価指標。こうした地味に見える仕組みこそが、AIを安心して使える社会の土台になります。

AI推進とAI倫理は、対立するものではありません。むしろ、AIを本当に役立つものにするための両輪です。

これからのAI基本計画には、国や経済の視点だけでなく、国民一人ひとりの生活実感から見たサービス品質の視点を、より明確に位置づけてほしいと思います。

AIを急いで入れることよりも、人が納得して使える形に育てること。
AIに任せることよりも、人が主導権を持って使いこなすこと。
AIで社会を変えることよりも、AIを通じて人間社会をより豊かにしていくこと。

その順番を大切にできれば、AI社会実装は、より信頼される前向きな変化になっていくはずです。