行政手続のデジタル化から、生活を支える社会DXへ

DX推進

行政手続をオンラインで済ませられる場面は、少しずつ増えてきました。マイナンバーカード、マイナポータル、e-Gov、キャッシュレス決済などの基盤も整いつつあります。

役所に行かなくても申請できる。紙の書類を書かなくてもよい。証明書を郵送で待たなくてもよい。こうした変化は、私たちの生活を確かに便利にしています。

しかし利用者の立場から見ると、行政と民間サービスの間を自分でつなぎ、同じ説明を繰り返し、必要な書類をそろえなければならない場面は、まだ多く残っています。

日本の社会DXは、「行政手続をデジタル化すること」で十分なのでしょうか。これからは、行政手続のデジタル化にとどまらず、ユーザージャーニーを意識した社会全体のDXへ向かうべきだと思います。

デジタル化とDXは何が違うのか

まず、「デジタル化」と「DX」の違いを整理します。

デジタル化とは、紙や対面で行っていた作業を、コンピューターやインターネットで扱える形に変えることです。紙の申請書をオンラインフォームにする。窓口で提出していた書類をPDFで提出できるようにする。印鑑の代わりに電子署名を使う。これらはデジタル化の代表例です。

一方、DXとは「デジタルトランスフォーメーション」の略です。単に紙を電子化するだけではなく、仕事や社会の仕組みそのものを、利用者にとってよりよい形に変えていくことを意味します。

たとえば、交通事故に遭った人が必要としているのは、「交通事故証明書をオンラインで申請できること」だけではありません。事故の状況が正しく記録され、保険会社に必要な情報が伝わり、補償手続が進み、自分の権利や責任関係を理解できることが必要です。納得できない点があれば、異議を申し立てられることも欠かせません。

つまり、デジタル化は「手続の置き換え」です。DXは「体験と仕組みの再設計」です。

ユーザージャーニーとは何か

ユーザージャーニーとは、利用者がある目的を達成するまでに経験する一連の流れのことです。「ジャーニー」は旅路という意味です。

交通事故を例に考えると、事故が起き、安全を確認し、警察に連絡し、相手方と情報を確認し、事故状況を記録し、保険会社に連絡し、修理や補償の相談をし、必要な証明書を取得する。この全体が、利用者にとっての「旅路」です。

行政側から見ると、「証明書の申請」「警察への届け出」「保険請求」は別々の手続かもしれません。しかし、事故に遭った本人から見れば、それらはすべて、ひとつの不安な出来事の中で起こります。

だからこそ社会DXでは、行政組織ごとの手続ではなく、生活上の出来事を起点に考える必要があります。「どの申請をオンライン化するか」だけでなく、「困っている人がどこで迷い、どこで同じ説明を繰り返し、どこで不安になるのか」を見ることが大切です。

日本の社会DXに必要な視点

日本のデジタル化が進んでいない、という単純な話ではありません。行政手続のオンライン化、マイナンバーカードの普及、キャッシュレス決済、自治体システムの標準化など、基盤整備は着実に進んでいます。

ただし、利用者の立場から見ると、まだ「手続ごと」に分かれている印象があります。ある出来事が起きたとき、警察、自治体、保険会社、医療機関、民間アプリがそれぞれ別々に動く。利用者は同じ情報を何度も説明し、書類を集め、別の窓口に問い合わせる。オンライン申請はできても、全体としての不安や手間が十分に減らないことがあります。

大切なのは、個々の手続をオンラインにすることではなく、生活上の出来事を一気通貫で支えることです。

交通事故、災害、救急医療、介護、子育て、引っ越し、死亡手続、落とし物、インフラ損傷の通報などは、社会DXの重要な対象になり得ます。どれも人が不安になりやすく、複数の機関にまたがりやすい出来事だからです。

「現場で出来事を処理する」社会実装へ

ただし、「とにかく速く、すべてをデータ化すればよい」ということではありません。個人情報の扱い、監視への懸念、特定のプラットフォームへの依存リスクには、十分な注意が必要です。

それでも、社会で起きる出来事をその場でデータ化し、証拠、通知、決済、保険、行政文書へとつなげる発想は重要です。

現在は、「事後に申請する」「必要書類を取りに行く」「関係者へ説明する」という流れが残りやすい状態です。これを、「現場で出来事を処理する」方向へ社会実装していくことが、日本の社会DXには求められると思います。

生活上の出来事を中心に、必要な情報を必要な範囲でつなぎ、利用者の不安を減らす設計思想です。

「公共証拠パッケージ」という発想

社会DXを考えるうえで、ひとつの提案があります。それは、「公共証拠パッケージ」という発想です。

たとえば交通事故であれば、事故の日時、場所、当事者、写真、動画、警察の確認内容、保険連携に必要な情報、異議申立ての方法、データの保存期間などを、ひとつの安全なパッケージとして扱うという考え方です。

もちろん、すべての情報を無制限に集めるのではありません。必要最小限のデータに絞ることが重要です。

本人が何に同意しているのかを、やさしい言葉で説明する。外国人にもわかるように多言語で表示する。高齢者やスマートフォンを使わない人には、窓口や紙の代替手段を残す。誤りがあれば訂正でき、不服があれば申し立てられるようにする。

こうした仕組みがあって初めて、社会DXは人間中心のものになります。便利さと権利保護は、対立するものではありません。権利保護が組み込まれているからこそ、安心して便利な仕組みを使えるのです。

KPIも「オンライン化率」から見直す

社会DXを進めるには、成果の測り方も変える必要があります。

これまでの行政デジタル化では、「どれだけの手続をオンライン化したか」が重視されがちでした。しかし、利用者の立場から見ると、本当に知りたいのは別のことです。

必要な証明や支援につながるまでに何時間かかったのか。同じ情報を何回入力したのか。窓口に何回行ったのか。説明はわかりやすかったのか。誤った処理があったときに訂正できたのか。スマートフォンを使えない人が不利益を受けなかったのか。

こうした指標こそ、社会DXのKPIとして考えるべきです。KPIとは、目標がどれくらい達成できているかを測るための指標です。

「オンライン化率」から「生活上の完了体験」へ。この視点の転換が、日本の社会DXには必要です。

まとめ

日本の社会DXは、行政手続のデジタル化だけで終わらせてはいけません。

紙をオンラインフォームに変えることは、必要な第一歩です。しかし、それだけでは、利用者の不安や手間が十分に減らないことがあります。

これから大切になるのは、ユーザージャーニーを意識することです。生活の中で人がどのような出来事に直面し、どのような不安を抱え、どの順番で支援を必要とするのかを見つめることです。

そのとき必要なのは、速さだけではありません。必要最小限のデータ、わかりやすい説明、同意、監査、訂正、異議申立て、オフライン代替を組み込んだ、人間中心の設計です。

デジタル技術は、人を手続に合わせるためのものではありません。人の生活を支え、不安を減らし、社会との接点をやさしくするために使うものです。

日本の社会DXは、行政の都合からではなく、利用者の旅路から考える。そこに、これからのデジタル社会をより豊かにする大切な方向性があるのではないでしょうか。